■ 台雲山 花岳寺~播州赤穂~
播磨国赤穂藩主であった浅野家、永井家、森家歴代藩主の菩提寺で、
大石良雄蔵之助の先祖代々の墓、赤穂義士四十七士の墓があるお寺です。。。
赤穂藩・赤穂浪士に関する展示物を収めた宝物館も境内にあります~
花岳寺は、正保2年(1645年)、常陸国笠間藩より転封となった浅野長直が浅野家菩提寺として創建されました。。。
元禄14年(1701年)、浅野長矩による江戸城松之大廊下での吉良義央に対する刃傷事件によって、
浅野家は改易となり、家来約320名は浪士となってしまった。。。
翌年の元禄15年、吉良家へのお咎めなきことを不満に思った赤穂浪士47名が吉良邸へ討ち入り
主君の仇を討ち、その身を大名家に委ね翌年の元禄16年切腹しその幕を閉じたとされる。。。
その後、赤穂藩には永井家が入り、宝永3年(1706年)には森家が赤穂藩主となり、花岳寺を菩提寺とした。
赤穂浪士37回忌にあたる元文4年(1739年)には境内に有志により遺髪が納められ義士墓が建立されたとされる・・・
また、宝暦2年(1752年)は赤穂浪士50回忌にあたり、義士塚が建立された。。。
(浅野公と義士の遺体は芝高輪の泉岳寺に収められたとされる)
(Wikipediaより引用、一部加文)
明治維新の後、赤穂城が解体され塩屋惣門が花岳寺の山門として移築されたとされる。。。
大石名残の松(2代目)
本堂前には『大石名残の松』があり、
初代の松は元禄4年(1691年)に大石良雄が母の冥福を祈って植えた松で、
元禄14年(1701年)に大石良雄蔵之助が討ち入りの為この地を離れる際、
この松の木の下で名残を惜しんだところから、『大石名残の松』と呼ばれるようになったとされる。。。
また、『鳴らずの鐘』という鐘があります、
この鐘の名の由来は、元禄16年(1703年)2月赤穂浪士が江戸で切腹を言い渡され、
この悲報を聞いた町の人々が冥福を祈り、この鐘をつきまくったため、鳴らなくなってしまったためその名がついた。。。
(現在では、造りかえられ鳴るようになっている・・・)
赤穂観光では、義士縁のお寺として必ず立ち寄る名所です。。。

台雲山 『花岳寺』 公式HP
<概要>
・宗旨 曹洞宗(禅宗)本山 永平寺(道元禅師開)
・創建 正保2年(1645年)
・開祖 赤穂藩祖浅野長直公
・開山 秀厳竜田大和尚
・霊場 新西国第31番霊場、瀬戸内観音第7番霊場
・御詠歌 『よろず世の人のかがみと匂ふなる花おかでらの庭のいしぶみ』
・拝観料 大人400円、高校生・大学生(学生証提示)200円、小人無料
(義士墓所、宝物館、義士木像堂)境内は無料
・拝観時間 午前9時から午後4時まで
・所在地 〒678-0238 兵庫県赤穂市加里屋1992番地
・連絡先 0791-42-2068
2008年07月20日 Posted by和知 at 20:23 │Comments(0) │古代社・神社・お寺
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赤穂藩主家法要~台雲山 花岳寺~【『わっち』のblog。。。】at 2008年07月25日 15:25
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